徒然写真帳

山と里を歩き、自転車で巡ったこと、夏はアユ釣り時々ハゼ釣りのことを徒然なるままに書き綴ります。(ブログを始めたのは郡上、その後下呂⇒美濃⇒岐阜⇒恵那⇒下呂を経て今は故郷の一宮に住んでいますが書いていることは変わらず)

宮笠 ~その2~


 斐太後風土記の大野郡久々野郷宮村(現在の高山市一之宮町)の産物をみると檜笠千二百蓋、赤檮笠千二百蓋あります。檜はいわずとしれたヒノキで作られた笠だとわかりますが、赤檮とは何?と思われる方がほとんどではないかと思います。
 斐太後風土記では一位木を解説した項目があり赤檮を一位とかける理由についての記載があることから宮村の産物の赤檮笠はイチイで作られた笠であるとことがわかります。
 斐太後風土記の記述から古くから宮笠が産品であったことを読み取ることができます。
 イチイでヒデを作り笠を編み上げるのは恐らく宮笠だけではないかと思います。
 現在の高山市一之宮町にある位山は、現在でもイチイの巨木が点在しています。
 位山のイチイは平安時代から天皇家に笏木の材料として献上していて今の天皇陛下の笏木も位山のイチイから作られる等、良質なイチイがあることが知られています。
 現在でも目を見張るイチイの巨木が存在していて私は時折イチイの巨木を訪ねに位山へ出かけます。
 また、貴重な地元の天然資源と宮笠の伝統を守るため、天皇家の笏木と宮笠を作る以外は禁伐とし保護に努めています。
 イチイは位山以外にもありますが宮笠は位山のイチイでないと笠を編むことができなく他地域のイチイでは代用ができないとのことです。
 同じ樹木でも地域が変わると微妙に材質が変わるので位山のイチイの資源が枯渇したら一位笠はこの世から消えてしまいます。
 写真はイチイで作られた一位笠の写真です。
 まったくの余談ですが私の愛用する宮笠はイチイで作られたものです。
 二十四日市を訪れると飛騨の文化の奥深さを実感します。
 さーて明日は何を紹介しようかな??(管理人)